戦力外通告2017年01月14日 16時43分23秒

 例年のことではあるが、10月になると、プロ野球のドラフト会議なるものが開催されて、その年に活躍した高校生、大学生、社会人がセ、パの各6チームから指名を受けて、翌年度の入団交渉権を与えられることになる。昨年のドラフト会議で指名を受けた選手は合計89名であり、その他に育成選手という名目で何十人かの選手を抱えることになった。

 つまり、各球団はこれだけの選手を新しく抱えることとなったわけであるが、一方では「戦力外通告」という名目で何十人もの選手諸君が密かに球界を去って行っていることはあまり報道されない。このような選手は個々の家庭的な事情とは全く無関係に指名を受け、突然降ってわいた新しい人生に向かって方向転換を余儀なくされることになる。

 球界全体としてはこのような需要と供給のバランスの中で、運営されていることは素晴らしいことであり、ある種の実力主義の成果として成り立っているのだと思う。

 会社にこの「戦力外通告」の制度が導入されたら、会社の運営はうんとその効率を向上されると思われるのだが。


清原と桑田2016年03月20日 10時10分08秒

 昨日、清原被告が釈放され、病院に直行したようである。これに対して、同僚の桑田が「彼が輝く姿を見たみたい」とコメントしたという。しかし、清原の心情を考えると、「お前にだけは言ってもらいたくない」といっているのではなかろうか。

 1985年清原、桑田がPL学園を卒業した年、プロ野球のドラフト会議の前に、熱烈な巨人フアンの清原は巨人から指名を受けると望んでおり、桑田は早稲田大学に入ると周りに宣伝して、他球団からの指名を敬遠していながら、秘かに巨人から一位指名を受けて入団した。清原は桑田と巨人にだまし討ちにあい、泣く泣く西武に行かざるを得なかった。

 あの時、桑田が言葉通り早稲田に行って、清原が巨人に入っていれば、彼の人生は180度違っていたのではないかと思う。その原因を作った桑田が清原にアドバイスする資格もないし、全く心に響くものもない。桑田の発言そのものが全く白々しいものに聞こえるのは私だけだろうか。


巨人高木投手の野球賭博発覚2016年03月09日 12時37分15秒

 新たに巨人高木投手の野球賭博関与が発覚した。先に、同じ巨人の3投手が野球賭博関与で永久追放されていることから、別に関与した人が出てくるのは予測されたし、当然の帰結だと考えている。

 しかし、分からないのはこの事態を受けて、渡辺最高顧問、白石オーナー、桃井会長が引責辞任したことである。高木投手と言えば巨人の選手の中でも末端に属する「中継ぎ投手」であったことを考えると、何故球界大御所のナベツネさんが責任を取って辞めなければならなかったのか。全く不可解である。

 これを推察すると、先に3選手の賭博関与が発覚したとき、当然球団としては他に該当者がいないかどうかの調査に入ったと思うが、そのときナベツネさんから「これ以上の関与者を出すな」と強い指示があったのではなかろうか。

 それに対して、新しく関与者が出たことで、自分に責任あ回ってこないように、さっさと辞任したのではなかろうか。こんな人が牛耳っていた球団に活力など生まれるはずはないと思う。


オリンピック競技2014年02月27日 15時32分11秒

 ロシア・ソチの冬季オリンピックが終了した。日本の選手団では当初からメダルが期待された選手よりも、比較的マイナーな競技でよい成績が出たように思う。殊に、橋本団長のお話でも、スピードスケートの後退が著しく、(と言うよりオランダの進歩が際立っていたのかも知れないが)また将来を託せそうな新人も出なかったのはさびしい限りである。

 大観衆の前で協議する(演技する)選手諸君は故国の期待を背負っていることもあり、大変なプレッシャーと戦いながら、成果を競うことになり、その技量もさることながら、そのプレッシャーに勝つ精神力が要求されることになる。

 ジャンプ競技にしても、フィギィアー競技にしても、スタートしたら終わるまで引き返すことのできない流れの中で、日頃の練習の成果を出さなければならない。おそらく何百回、何千回の練習を積んで、本番ではたった一回の試技に臨むわけで、精神力もさることながら、運・不運にも左右されるのではと推察する。しかも、過酷なのは、その時意に沿わない演技で後悔し、リベンジを謀ろうとしても4年先になると言うことである。

 選手の皆さんご苦労さんでした。納得いかない成績の人、納得のいく成績を残した人、それぞれ、まずはゆっくり休んで次への準備に備えて頂きたいと思います。色んな競技の中で、個人的には「審判員がある種の主観で判定する競技」には疑問があり、素直には評価できないと思っている。


運・不運2014年02月14日 14時20分09秒

 「運・不運」と言う言葉がある。現実の世の中では、人それぞれの運命を背負って生きているが、時にその運命の行方によって、自分の生き方に有利になったり、不利になったりするものである。

 この前行われた都知事選挙について言うと、当初から自民・公明の組織票をベースとした舛添氏と、浮動票を中心とした細川氏の戦いと見られていたが、細川氏に取っては何と不運なことか、関東地区は前日に大雪が降って、一般の人たちの投票行動を大きく阻害してしまったようである。

 我々国民の多くが感じているように、「原発はもういらない」と言う思いが、組織票に負けてしまったと言うことになってしまった。何という不運なことだろうか。天然自然には勝てないとはいえ、「天」が味方してくれなかったが、これも一つの結論であり、この結果を受けてこれからの東京都の、或いは日本の行く末が決まっていくことになる。誠に残念ではあるが。

 今年のワールドカップで13戦10勝していた高梨沙羅ちゃんも、たった一度の今回のオリンピックでは不運な風に禍されて、メダルが取れなかった。これも自然のいたずらだとしたら、あまりにも悲しい結果だったと思う。


2020オリンピック招致2013年09月08日 12時53分38秒

 2020年のオリンピックが東京に決まるかどうかに関心があり、今朝は4じに起きて、テレビに見入った。結果的には東京に決まり、努力された関係者の方々に「おめでとう」と申し上げたい。

 開催地の選考に当たり、終盤で東京では福島における放射能による汚染水の漏えいが問題となり、最終的には最後のプレゼンで安倍総理が直接乗り込んで、「汚染水は完全にコントロールされている」ことと「汚染は軽微で、オリンピック開催には支障がない」こと、更に「政府が全面的に責任を持って解決する」ことを表明し、大方の理解が得られたようである。

 しかしながら、汚染水どころか溶けた燃料が地中でどのようになっているかが未だに分からない状況の中で、地下水との接触がよく分からないし、溜めこんだ汚染水の貯蔵タンクの漏れが毎日のように見つかっており、安倍さんが説明した「汚染水は完全にコントロールされている」と言う状況からは程遠いように思う。

 このような虚偽の説明をしてIOCの委員を納得さしたとしても、国内において放射能汚染で避難を余儀なくされている人々を始め心ある人々は「その危うさ」に憤りを感じておられるのではと考える。今の我国には二種類の日本人がいるように思う。一つはオリンピック招致に成功して、浮かれている日本人と、放射能汚染で避難生活を続け、将来への見通しも立たず、不安な毎日を送っている日本人である。


野球の飛ぶボール2013年06月13日 14時23分26秒

 今年に入って、プロ野球のボールが飛ぶらしいと言うことで、端的にホームランの数が昨年に比べて大幅に増えている。個人的には「ボールが変わった」と思ってみていたが、プロ野球機構は昨日ようやくと言うか、しぶしぶと言うか「ボールの反発率が変わっている」ことを白状した。

 この事実を公表しないで、今年のシーズンに入ってしまったことで、選手諸君が一番迷惑を受けたことになっていると思う。打者の選手はそれでも、予想した以上に飛ぶわけだから、ホームランだけでなく、安打も増えるだろうし、打撃の成績は結果的に向上する人が多くなると思われるが、投手の方は深刻で、打ち取った積りの打球が外野の頭の上を越えたり、ホームランになったりすれば、シーズンを通して、結果として期待された成績が下がることになり、契約金や選手としての命運にも影響してくることになる。

 それにしても、どうしてプロ野球機構は当初からどうして説明乃至は討議がなされなかったのだろうか。また、今回の発表にしても、ボールの反発力に関することなのだから、もっと数値を出して、昨年のボールの反発量がどのような分布で、それを今年はこのような分布に変更したと言えるはずだと思うが、どうしてデータを出せないのだろうか。

 2011,2012年はボールの反発力を国際基準(アメリカ基準)に合わせると言うふれこみで「低反発ボール」に変えたはずなのに、この方針は一体どうなってしまったのだろうか。「民には知らしむべからず、寄らしむべし」と言うお上意識が抜けないのはすべての団体に共通なのだろうか。


嫌いなスポーツ2013年03月17日 19時39分02秒

 子供のころからスポーツは好きで、下手なりにでも上達するように努力してきたこともあり、この歳になってもスポーツを観戦するのは好きである。
スポーツの実況中継などは時間がある限り見るようにしている。

 しかし、スポーツと言ってもいろんな種類があり、中にはどうしても好きになれないものもある。その第一がフィギャー・スケートである。その採点が不透明であるからである。それでも10年ほど前の採点者の思惑が大きなウエートであったことからすると、細かく各演技への配点や、失敗したときの原点だとかの配分が決められてきていて、随分透明性は出てきているが、やはり採点者の心証、過去の成績からくる印象が幅を聞かしているように思えて仕方がない。

 同じように個人の判定に頼るスポーツでも体操はかなり規格化が進んで透明性が上がってきているが、シンクロなどのように、過去の実績に左右されやすい競技もある。

 もう一つ嫌いなスポーツ(?)に相撲がある。勿論八百長が介在するからである。何度か問題になり、その都度取り上げられるものの、「トカゲのしっぽ切り」ではないが、本質が解明されないままに、幕引きされてきており、不透明のままである。こんな状況で相撲の実況を見ることはないし、だれかを応援することもない。


指導者の暴力2013年02月13日 09時35分37秒

 女子柔道の暴力的な指導が波紋を呼んでおり、スポーツにおける指導に暴力が必要かと言う論議が盛んである。その論議の中に「どこからが暴力で、どこまでが指導か」と言うようなことを論じている馬鹿なコメンテーターがいるが、まるきり本質が分かっていない。

スポーツを指導するのに「いじめ」や[暴力]はほぼ対極にあるやり方だと思う。つまり、先日も書いたように、各競技にはそれぞれその技量を伸ばすための手法があり、それを十分に習得して、それぞれの選手のそれぞれの状況において、その手法を教え、或いは選手ともども作り上げていくことであり、そこの個人的な感情の入る余地はないはずである。

 所が、過去に優秀な成績を残したと言うだけで、指導者に祭り上げられ、(自分はそれなりの工夫をして上達してきたのだと思うが)個性やレベルの違う選手にどうしたらいいのかを全く学ばないで、無暗に精神論だけで暴力をふるうと言うのはもはやスポーツとは言えないと思う。

 指導者が指導者としての養成を受けていないのでは、そんなのは指導者とは呼べないのではないか。早急に養成機関を作って、選手にも納得のいく指導ができる体制を作って欲しい。


柔道の指導者2013年02月01日 19時14分45秒

 ロンドンオリンピックに出場したような最先端の女子柔道の選手15人が園田監督の暴力とパワハラを理由に交代を要求した件について、結果的には監督が陳謝して、辞任することで決着を見たが、それですべてが解決したわけではないと思っている。

 スポーツ関連の選手への指導に関して、「勝つことを旗印に」暴力行為が容認されているのは事実であり、その体質を根本から変えていかなければ、国際場裏では通用しないことを厳しく反省しなければならないことは言うまでもないが、ここでは監督と言う指導者の資質について考えてみたい。

 古来、「優秀だった選手が必ずしも優秀な指導者たり得ない」と言う事例は枚挙にいとまがない。優れた実績を残した選手は「おれは出来たのに、お前たちが出来ないのは弛んでいるからだ。」と言うような精神論に走って、肝心の技術的なこと、精神的なこと等の戦略を練り、個々の選手に合った指導がなされて来ていなのではなかろうか。

 サッカーのようにそれなりの知識と、戦略と実績がないと指導者になれない制度があるように、それぞれのスポーツでは選手を統括し育成し、指導していくにはそれなりのスキルが必要であり、それは必ずしも当人の戦績とは関係がないと思う。北島康介を育てた平井コーチとか、タイガー。ウッズを育てた
ブッチ・ハーモンなどは有名であるが、何れも教えることに専門性があるところが大事だと思う。

 そのような意味で、柔道界は専門的に選手を指導育成するマニュアルも指針もないのではなだろうか。選手を育てるためのコーチを育成する必要があり、精神論ばかりが先行して、この点の取り組みがおろそかになっているのではと思考する。