介護報酬の低減2014年12月18日 13時43分08秒

 昨日の新聞の一面を見て吃驚した。「介護報酬の低減を検討」と題して、」政府は来年度の予算編成で社会福祉関連予算の削減の一環として、介護保険料を下げると言う。しかも隣のj記事が「政府は経営団体に対して来年度の賃上げを約束させた」と言うもので、そのあまりの落差に愕然とした。

 アベノミクスで円が大幅に低下したことから、輸入品の値段が上がり、しかも消費税8%へのアップでさらに物価を上げる結果となっており、一般庶民の給料が増えない中で、急激な消費不況が進行している。

 従って、政府が経営者に対して、従業員の給料を上げて欲しいと言うのは分かるが、そうでなくても報酬が安いと言うことからなり手のない介護職の給料を下げると言うのは、全く政策の矛盾をはらんでいるばかりか、ますます介護職に就く人が減る結果とならざるを得ないのを、どうする積りなのだそうか。


老いとの戦い2014年01月15日 13時42分52秒

 この所、月日の経つのが一段と速まっているように感じる。この4月で80さいの傘寿を迎えるが、一段と体力の低下していることが気になる。。日本人男子の平均寿命が約80歳で、健康寿命が71歳だそうであるから、この歳で曲がりなりにも健康で動けているのは有難いことかも知れない。

 幸い、地域の方々とのお付き合いもあり、又趣味の世界でも仲間が集うことで、受動的にも、又能動的にも沢山の刺激を頂いているので、何とか今日、それなりの生きがいを持って生活できているものと感謝している。

 「老い」は人によって、弱っていくところは違っているが、自分の場合は慢性的に腰の痛みに悩まされ、それが原因で足が重く、歩くのに不自由してる状況が続いている。何とかこれを少しでも改善したいために、かねてから体重を減らす努力を続けている。メタボと言うわけではないが、出来るだけ脚に負担を掛けないようにしたいためである。

 カロリー制限等で3~4キロは落ちて、それ以上の減量に苦しんでいたが、昨年暮れに夏井睦と言うお医者さんが書かれた「炭水化物が人類を滅ぼす」と言う本を読んで、単にカロリーを減らすと言うことではなく、食べる炭水化物を減らすことで、健康状態を保ちながら体重を減らすことが出来ることを学んだ。

 今年に入ってさっそく実践に移し、朝食ではお米やパン、麺類を食べないことにして、10日余りがたつが、既に1キロの減量に成功し、(まだまだ誤差かも知れないが)実感としてもやや身体が軽くなっているように感じている。世の中では、肥満と言うとカロリーの取り過ぎが原因と言われ、肉や特に油ものを控えるのが普通であるが、先生の本によると、兎も角炭水化物(糖質)さえひかえれば、油質やたんぱく質はいくら食べてもいいと言うことで、今回の原料ではひもじい思いをすることはなく快適である。


65歳定年制2013年04月02日 20時38分21秒

 今月から従来60歳が定年だった制度が法律的に65歳に引き上げられると言う。この処置は年金の支給開始年齢が徐々に65歳にまで引き上げられることへの対応であるが、一般的には60歳を超えて雇用されるとしても(年金に見合う金額を考えると)大幅に賃金がダウンすることが前提のようである。

 一方では定年を過ぎて退職した主に技術者が韓国や台湾などに高額で雇用されていることも事実であり、日本の技術が流れていく原因にもなっていると言う。このように実力を持った人達は会社の定年延長の処置に縋らなくても、年齢に関係なく、どこででも働ける場を見つけることが出来る。

 それに対して、中途半端な管理職で定年を迎えた人たちは、自分の実力で新しい職を見つけることもままならないために、年金受給までの間、止むを得ず低賃金で老後の大事な何年かかを縛られることになる。

 こうして考えてくると、我国の定年制と言うのはどこかおかしな所があり、一方ではこれからも会社の中心となって働いていける力を持った人を無理やり退職させ、どちらかと言うとお荷物で、居て欲しくない人が低賃金とはいえ組織に残るというのは、会社にとっては二重の損失であるように思う。

 米国などには「定年」と言う制度はない。70歳でも80歳でも力があって、働く意欲があれば、いつまででも働くことが出来る。実力がない人は会社との契約を満たせないと、即刻解雇される仕組みである。日本はどうしてこのように画一的な制度がまかり通るのだろうか。

 


生活保護費減額は本末転倒2013年01月17日 17時26分15秒

 政府は生活保護費を減額する方向で検討すると言う。問題になったのが働いて収入を得ている人の中で、この生活保護費よりも低額のケースがあり、所謂、「働き損」になっていると言うことに対する補正が必要になったと言う。

 生活保護費については各地区によってその基準も違うようであるが、横浜などでは生活費だけでなく、家賃の支払いの肩代わりとか、医療費が無料になるとか、単に支給額だけでは測れないメリットがあるようであり、ある程度の調整はに必要なのかもしれない。

 しかし、本来生活保護費は憲法で保障されている「最低限の生活」を保証するための補助金であり、これを減額すると言うのは理屈が立たないように思う。寧ろ必要なのは働いている人の収入をアップして、国が決めた最低限の生活ができる程度に改善するの方が大事なのではないだろうか。

 企業は人を出来るだけ安く雇って、目いっぱい酷使することが手柄のような風潮があるが、もっと従業員を大事にする経営方針を取ってもらいたいと切に願うものである。


抗がん剤の恐ろしさ2012年07月16日 10時28分25秒

 この前のブログにも書いたが、抗がん剤の副作用については非常に強くて、政府はこの副作用についての保障を諦めたようである。つまり、がんの治療として抗がん剤は常道のプログラムとして使われているが、強い毒作用があることは事実のようである。

 がんの治療として抗がん剤を使うことに批判的な人は「がんにかかって死亡する人の7~8割はがんで死ぬのではなくて、抗がん剤の副作用で死んでいるのだ」と言っている。つまり、抗がん剤と言う劇薬物は正常細胞を損傷する量に対して、がん細胞に対する損傷の量を僅かでも上げるように処方されていると言うが、その分量と処方時期によっては損傷が逆転して、正常細胞がやられて、死につながると言うことのようである。

 しかし、調べてみると、抗がん剤のもう一つの弱点は正常細胞をやっつけるだけでなく、人間がもともと持っている免疫力を大幅に弱めてしまうために、がんそのものへの治癒力だけでなく、その他各種の病原体に対して抵抗力が落ちて、つまり病気に罹りやすくなると言うことのようである。

 このように危険な抗がん剤ががん治療として我国では日常的に使われているということが理解できないが、がん治療にあたっている医者に聞いてみると、「自分ががんになったら、絶対に抗がん剤は使わない」と言っていることからすると、我々国民は強力なマインドコントロールに毒されているように思う。自分もがんになったら、抗がん剤や放射線治療は受けないことにしている。


2012年の年明け2012年01月02日 12時33分07秒

 明けまして おめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。
毎年のことですが、年明けとともに今年こそ世界が平和な日を迎えることを願っていますが、なかなか叶えられません。人間と言う種族が好戦的なのか、戦うことで利益が持たされる人がいるのか分かりませんが、そうでなくても飢え死にする人が増えていると言うのに、少なくとも「殺し合い」だけは止めて欲しいと思います


 私は今年、日本人の平均寿命に達する年になります。後は付録みたいなものですが、生きている以上精一杯努力を続けていこうと思います。

 本年が皆さんにとって、平安で実りある年になるように祈っています。

2011年2011年12月31日 12時31分29秒

 大災害、大洪水、円高に代表される未曾有の金融不安等々ありとあらゆる暗いニュースの続いた2011年も今日でおしまいだが、次々に起こる諸般の事態に対して、自分なりの評論が出来なかったことは私にとってはまことに悔しい限りである。

 自分の中での一番大きな思想転換は「原発の怖さ」を改めて知らされたことである。このように自然にないものを使ってエネルギーを獲得することの無謀さを認識させられた一年だった。これだけ沢山の原発が出来てしまっている今、これを元に戻すすべはないが、少なくともこれからは原発に頼らない生活を実現したいものと思っている。

 一方ギリシャに端を発した欧州の金融不安はますます拡大の様相を呈しており、世界経済への影響が深刻になってきているようである。アメリカの景気も停滞していることから、取りあえずの避難場所として円が買われているが、日本の景気とて決していいわけではなく、むしろこの円高で企業は海外に拠点を移し、雇用がますます失われてきているのは大変心配な点である。

 2011年は「うさぎ」歳でおとなしいはずなのに、大波乱の年であった。来年は「たつ」歳だから、さらに大きな波乱が待っているのかも知れない。何とか平穏で、世界の人々が平和で幸せな年になることを切に願っている。


OB会余聞2011年02月02日 10時22分16秒

 この時期は例年同窓会やOB会の新年会が集中する。昼、夜含めていくつかの会合に参加してきたが、興味深い傾向のあることに気が付いた。つまり、話し合われる話題であるが、当然ながら過去共に過ごした時代が話題の中心になるのは自然のことではあるが、過去の話題に終始する人と、現在ないしは将来に向かっての話題を提起する人があることである。

 過去のしがらみから離れられず、いつまでも当時の仲間とゴルフをやったり、飲み会をやったり、ともかく過去の思い出に生きている人たちのグループがある。一方では今までの関係から離れて、各種支援のボランティア活動に参加いる人や、新しいシステムに興味を持って取り組んでいる人など、未来に向かって自分の人生を構築しようとしている人たちがいる。

 この姿勢はそのままその人の生き方に反映されており、歳はとっても、つねにSomething newを求めて自分をレベルアップしようとしている人はどこか輝いて見えるのは私の偏見だろうか。自分としてはそうありたいと思っている。


老齢不明者の捜索2010年09月01日 11時24分29秒

 最近、戸籍だけは残っているものの行方不明の老人が多数出てきているという。基本的には役所の怠慢かも知れないが、家族間の絆の希薄さも大きく関係しているように思う。

 現在役所では不明者の老人を探すのに、保険を使った形跡のない人を一つのターゲットにしているという。老人なんだから、普通に生きていれば、年に何回かは医者に行って、診察を受けるのが自然なことであると判断しているからであろう。

 はたと、自分のことを考えてみると、うかつにも、ここ1年半ほどどの病院にもかかっていないことが分かった。この調子でいくと、ある日役所の人が調査に来て、「この人は在宅ですか」と聞かれそうである。

 そのような手間をかけさせないためにも、年に一度ぐらいはお医者に行かなければと思っているこの頃である。


平沼・与謝野新党2010年04月06日 13時25分55秒

 与謝野さんが自民党を離党して、平沼さんと新党を立ち上げると言う。現状の自民党では国民の支持が得られないために、新しい顔を作ろうということらしい。

 確かに、現在の自民党に愛想をつかすというのは分かるが、「自分たちは自民党ではないよ」と言ったところで、政策はまだ出てきていないので分からないが、所詮は同じ穴のむじなであり、あまり変わり映えしないように思う。

 今の時期に、急いで新党を立ち上げたということは、次の参議院選挙を目指してのことと思うが、民主党にも自民党にも失望した有権者の受け皿としての役割は果たせそうにないと思うのは自分だけだろうか。

 或いは、自民党が野党になったことによる混乱の表れで、このような分裂はしばらく続くのだろうか。