我が国の政党という集団2018年01月23日 14時03分52秒

 せんだっての総選挙を控えて、民進党の大分裂が起きて3つの党になったいるが、このところ再度統一の政策集団を作ろうという動きがあって、相談が進んでいるようであるが、立憲民主党の枝野さんは政策の合わないグループとは一緒になれないと苦言を呈している。


 翻って、わが国で政党とはどのように定義されているのであろうか。例えばアメリカでは共和党と民主党の二つしかない。ドイツ、フランス、イタリアなどはもう少し細かく分かれているようであるが、日本ほどではないと思われる。

 厳密にいえば個人の思想や考えは個々人で違っているのが当たり前である。従って、どこまでの考えをまとめて、政党としてグループ化するかで、いかようにでも分かれてしまうように思う。
アメリカでは経営者側の代表として共和党があり、労働者側の代表として民主党があると聞いている。こんな大きな括りで政治が進められるが、個々の法案に対しては政党としてではなく、個人として賛否を表明するので、政党員の数だけで法案が審議される。

 日本では「党議拘束」という不思議な制度があって、政党のトップがこうだと決めたら、個人の意見はどうであれ従わなければならないのである。これは人権無視も甚だしい。上述したように個々人はそれぞれの考えを持っており、自発的にこれを表明できなければ、民主主義とは言えないのではなかろうか。

 我が国でもアメリカでのように、基本的な政策で合意できれば、政党員として認めておき、個々の政策に対する賛否の表明では、党議拘束をやめて個々人の考えで表明するようにできないものだろうか。