オーストラリア戦2006年06月14日 10時27分01秒

 現在の心境としては、出来たらこの忌まわしい「オーストラリア戦」に触れたくない気分であるが、何か残しておかないとまとまりが付かないので書いてみる。
 サッカーと言う競技は7割ぐらいは「運」の勝負だと思っていて、(過去にどこかに書いたように思うが、)この「運」を引き寄せる力は「何としても勝ちたいと思う執念」に比例するようである。前半、日本の執念が審判の誤審を生んでリードしたまではこちらに風は吹いていたと思う。しかし、最後の5分になって日本の選手の間に「これで勝てるかもしれない」或いは「これで負けないで済んだ」と言う気持ちが出てきた途端に、風はオーストラリアに吹き出した。スローインされたボールが一旦はクリアーされたが、こぼれたボールがたまたま敵の足元にいくというのは明らかに[運]がこちらになかったと言うことである。これが総てであった。もう一度日本の選手に「勝ちに行く気力」はなかったと思う。
 それにしてもサッカーの勝負と言うのは過酷なものだと思う。4年間築いてきたものが6分間で潰えたことになる。4年後の再来を期してもらいたい。90分戦っても一点も入らない試合が多い中で、わずか5分の間に3点も入ると言うのは、逆に考えると大きな味方になるかもしれない。基本的な得点力が向上した暁にではあるが。

コメント

_ 廣瀬隆夫 ― 2006年06月17日 04時57分24秒

オーストラリア戦の前に、どこかのテレビのインタビューを見たのですが、オーストラリアの人は「接戦になるが、最後はオーストラリアが勝つよ」と笑って言っていたのに対して、日本のサポーターは「何が何でも勝つ」と青筋を立てて絶叫していたのが印象に残っています。ゲームを楽しむという態度で、すでに日本は負けていた感じがします。

_ KAJI ― 2006年06月17日 22時02分44秒

廣瀬さん、毎度お立ち寄り有難うございます。確かに日本のサポーターは何がなんでも勝つんだと言う意識が強すぎたのでしょうね。それは何か日本のチームに弱みを感じている証拠かもしれません。やはり決定力がないというのがどうにも苦しいですよね。

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